はじめに
企業の人材育成において、研修をどのように実施するかは重要な経営判断の一つです。「研修を社内で内製化すべきか、それとも外注すべきか」という問いに、多くの人事担当者が頭を悩ませています。本記事では、研修の内製化と外注それぞれのコスト構造を明らかにし、企業規模やニーズに応じた最適な選択をするための判断材料を提供します。
研修の内製化と外注のコスト構造
1. 初期コスト比較
内製化の初期コスト
- 社内講師の育成費用:30〜50万円/人(研修講師養成研修受講費)
- 教材・カリキュラム開発費:50〜200万円(内容の専門性による)
- 研修環境整備費:30〜100万円(専用スペース確保、機材購入など)
外注の初期コスト
- 研修会社との契約費:0〜30万円(多くの場合は無料)
- ニーズヒアリング費用:0〜10万円(多くの場合は無料)
2. 継続的なランニングコスト
内製化のランニングコスト(年間)
- 社内講師の人件費:400〜800万円(専任の場合、兼任なら本来業務からの機会損失)
- 教材アップデート費:20〜50万円/年
- 研修運営コスト:10〜30万円/回(会場費、備品、資料印刷など)
外注のランニングコスト(年間)
- 研修実施費用:30〜100万円/回(参加人数、内容により変動)
- カスタマイズ費用:10〜50万円/回(自社向けにコンテンツをカスタマイズする場合)
3. 隠れコストの考慮
内製化の隠れコスト
- 講師の業務機会損失:本来業務ができないことによる機会損失
- 品質維持コスト:最新トレンドや情報の収集・反映コスト
- 講師不在時の代替コスト:病気や離職時の代替人材確保
外注の隠れコスト
- 打ち合わせコスト:研修会社との調整に要する時間的コスト
- 情報共有の非効率:自社の状況やノウハウを外部に伝える手間
- 依存リスク:特定の研修会社への依存による価格交渉力の低下
企業規模別のコスト分岐点分析
中小企業(従業員100名未満)の場合
シミュレーション条件
- 年間研修回数:10回
- 1回あたりの参加者数:10〜20名
内製化の年間総コスト:約650〜950万円
- 初期投資(1年目のみ):約100〜200万円
- 年間ランニングコスト:約550〜750万円
外注の年間総コスト:約350〜550万円
- 初期コスト:ほぼなし
- 年間ランニングコスト:約350〜550万円(1回あたり35〜55万円)
コスト比較結果: 中小企業の場合、多くのケースで外注の方がコスト効率が良い傾向にあります。特に専門性の高い研修や、年間実施回数が少ない場合はより顕著です。
中堅企業(従業員100〜1000名)の場合
シミュレーション条件
- 年間研修回数:30回
- 1回あたりの参加者数:20〜30名
内製化の年間総コスト:約1,100〜1,600万円
- 初期投資(1年目のみ):約150〜300万円
- 年間ランニングコスト:約950〜1,300万円
外注の年間総コスト:約1,050〜1,650万円
- 初期コスト:ほぼなし
- 年間ランニングコスト:約1,050〜1,650万円(1回あたり35〜55万円)
コスト比較結果: 中堅企業では、年間実施回数や参加者数により内製化と外注のコスト分岐点が現れます。年間実施回数が30回を超える場合や同一研修を繰り返し実施する場合は、2〜3年目以降に内製化のコストメリットが出始めることが多いです。
大企業(従業員1000名以上)の場合
シミュレーション条件
- 年間研修回数:50回以上
- 1回あたりの参加者数:30名以上
内製化の年間総コスト:約1,500〜2,500万円
- 初期投資(1年目のみ):約200〜400万円
- 年間ランニングコスト:約1,300〜2,100万円
外注の年間総コスト:約1,750〜2,750万円
- 初期コスト:ほぼなし
- 年間ランニングコスト:約1,750〜2,750万円(1回あたり35〜55万円)
コスト比較結果: 大企業では、多くのケースで内製化の方がコスト効率が良くなります。特に同じ内容の研修を多数の従業員に実施する場合や、複数年にわたって継続実施する場合は内製化のメリットが大きくなります。
研修内容別の内製化適性と外注適性
内製化に適した研修テーマ
- 企業文化・理念研修
- コスト効率:★★★★★
- 理由:自社特有の価値観や歴史は社内の人間が最も理解している
- 業務プロセス研修
- コスト効率:★★★★☆
- 理由:自社特有の業務フローやシステムに精通した社内講師が適している
- 製品知識研修
- コスト効率:★★★★☆
- 理由:自社製品の詳細や特徴は内部の専門家が最も理解している
外注に適した研修テーマ
- ビジネススキル研修(交渉術、プレゼンテーションなど)
- コスト効率:★★★★☆
- 理由:専門的知識と多様な事例を持つ外部講師の方が効果的
- コンプライアンス・法令研修
- コスト効率:★★★★★
- 理由:最新の法改正や事例に精通した専門家の知見が必要
- リーダーシップ・マネジメント研修
- コスト効率:★★★★☆
- 理由:多様な企業事例や専門的フレームワークを持つ外部講師が効果的
内製化と外注のハイブリッド戦略
コスト効率を最大化するための最適解は、多くの場合「内製化と外注の適切な組み合わせ」です。以下にハイブリッド戦略の実践例を紹介します。
ケース1:基礎は内製・応用は外注
基礎的な内容(会社概要、基本的なビジネスマナーなど)は内製化し、より専門的・高度な内容(リーダーシップ、チェンジマネジメントなど)は外注するアプローチです。
ケース2:カリキュラム設計は外注・実施は内製
研修の設計段階では外部の専門家の支援を受け、実施段階では社内講師が行うことで、専門性と費用対効果のバランスを取る方法です。
ケース3:段階的内製化
最初は全面的に外注し、徐々に社内講師を育成しながら内製化の比率を高めていく方法です。外部講師から社内講師へのノウハウ移転を計画的に行います。
内製化を成功させるためのステップ
内製化による費用対効果を最大化するためには、計画的に進めることが重要です。
- 内製化する研修の選定
- 頻度の高い研修
- 自社特有の内容が多い研修
- 長期的に内容が安定している研修
- 適切な社内講師の選定と育成
- 専門知識を持つ人材の特定
- 研修スキル習得のための投資
- インセンティブ設計
- 段階的な移行計画の策定
- 1年目:外部講師の研修を社内講師が見学・共同実施
- 2年目:基礎的な内容から社内講師に移行
- 3年目:完全内製化と品質管理体制の確立
まとめ:意思決定のためのチェックリスト
研修の内製化と外注の選択にあたり、以下のチェックリストを参考にしてください。
内製化を検討すべき条件
- 年間の研修実施回数が多い(30回以上)
- 複数年にわたり同じ内容の研修を繰り返し実施する
- 社内に研修のノウハウや専門知識を蓄積したい
- 自社特有の内容が多く含まれる研修である
外注を検討すべき条件
- 専門性が高く、最新の知見が必要な内容である
- 実施頻度が低い(年に数回程度)
- 社内に適切な講師人材がいない
- 短期間で研修の質を高めたい
研修の内製化と外注のどちらが費用対効果に優れているかは、企業規模、研修内容、実施頻度などによって大きく異なります。本記事で紹介した分析フレームワークを参考に、自社の状況に合わせた最適な選択をしていただければ幸いです。
コスト削減と研修効果の両立を実現するためには、まずは自社の研修ニーズを明確にし、内製化と外注それぞれのメリット・デメリットを理解した上で、戦略的に判断することが重要です。